イルカが教員試験に合格した。
案外あっさりと合格したように見えるが、その裏ではかなり勉強して、俺に師事してまで技術の向上を図った経過がある。
俺の仕事の方は相変わらず忙しかったけれど、三代目にイルカの教員試験の指導をしたいから少し仕事減らしてと言ったら本当に減らしてくれた。
...あのじじい、イルカにかなり甘いな?
教員に無事合格したからと言って何も準備をしないわけにはいかない。教科書は里から支給されたが、指導書は各々の先生が各自必要に応じて買いそろえるのが一般的らしい、とイルカが言っていた。
そんなわけで今日はたまたま休みが重なったのでイルカと本屋に来ていた。
イルカは書店の人と指導書と学習参考書、テキスト等、どの教科にはどれがいいのか事細かに聞いている。
俺はふらふらと見回しながらぶらぶらしていた。ふと、目についたものに俺は釘付けになった。
手に取ったのは男が女を追いかけている表紙の本。なかなかに売れているのか、ポスターまで張り出されている。
そう、これこそが暗部の部下が言っていたあの代物。
これがっ、これがイチャイチャパラダイスの完全単行本かっ!!
俺はポスターをまじまじと見つめた。これは上巻で、数ヶ月後には中巻が発売になるらしい。中身はどんな内容なのかね。
中身はどうであれ、今まで退屈しのぎにと読んでいた同人本がこうやって日の目を見ていると思うと少し感慨深いものがある。
俺は中身を確認もせずにレジへと持っていく。

「お、カカシも本買うのか?」

書店の人との話しが終わったのか、両手いっぱいに参考書やら問題集やらを持ったイルカが同じレジに並んだ。

「そ、これ。いつも読んでるタイトルの本が新刊で書店に売ってるってわざわざ部下が言ってたからね。」

へえ、とイルカは俺の持っていた本を見た。が、数秒後に顔を真っ赤にした。

「お、お前これっ、昔読んでたえっちぃ本じゃねえかよっ!」

昔一度だけ見せたことがあったな、そう言えば。会計を済ませて受け取った本をイルカに見せつつ、俺はにやりと笑った。

「なに、興味津々なわけ?よかったら貸すけど?」

言うとイルカはますますもって顔を赤くした。うわ、首筋まで真っ赤になってるよ。イルカは純情だからなあ。中身なんか見たら鼻血噴くんじゃないの?

「けっ、結構だっ!!」

イルカは手に持っていた本をレジにどさりと置いた。なによなによ、本当は見たいんじゃないの〜?もう二十歳も過ぎたことだし、酒だって女だってばくちだって解禁なのに、イルカは本当、酒は嗜む程度にしか飲まないし、女なんて目の前にしただけで緊張してるみたいだし、博打なんてしないし。イルカは結構貯蓄してるよね、何に使うのかは解らないけど。
...。
酒なんてほどほどに飲む程度でいい。正体なくす程飲んで誰かに介抱される姿なんて見たくもない。イルカの隣に女の姿がちらつくようになったら、きっと俺は遠征でもなんでも遠い所に行ってしまうだろう。
イルカへの恋情を意識して、一年が経過していた。
その間、俺はいつ知れるともしれないこの胸の内を悟られまいと必死になって隠していた。抑えていた。そんな俺を嘲笑うかのようにイルカは普通に接してくる。まあ、俺が一方的に思っているだけだからここでイルカの反応が急に変わる方がおかしいだろうけど。
はぁ、俺の切ない乙女心を、この男は知らないからって無防備すぎるんだよね。ま、惚れた弱みってのかね。
イルカは自分の本の会計を済ませると、さっさと書店の出口へと向かう。俺も後に付いていく。
俺は待ちきれなくて、人の往来の激しい通りの真ん中で本を広げて読み始めた。
前回は異国の物語のようだったけれど、今度は和風でせめてきたようだ。ふむふむ、文体は純文学に乗っ取っているようだけど、内容はやっぱり18禁なだけある内容のようだ。これは確かに子どもには読ませらんないねえ。

「げっ、さっきから妙に静かだと思ったらお前、そういう本は家に帰ってから読めよ。何もこんな所で読まなくてもさあ。」

イルカは心底呆れているようだ。

「なに?一緒に読みたいの?」

「ばーか、俺のこの参考書の山が見えないのかっての!」

イルカは勤勉家だ。そのくせ一つのことに集中するからと言って他の事を疎かにするでもない。俺は適当に相づちを打つと著者の名前を見た。

「げぇえええっ!!」

「なっ、カカシっ、でっかい声出すなっ。」

イルカは周りをキョロキョロと見ている。だがそんなことどうでもいいよ。
著者が自来也となっている。
...。うわぁ、四代目が持ってるはずだよ、自分の上忍師の著書じゃなあ。
俺はいろいろとがっくり来た。イルカががっくりきている俺に怪訝そうな顔をしている。

「なにやってんだ?おもしろくなさそうなのか?」

「いや、それ以前の問題って言うかさ、イルカは三忍って知ってる?」

「ああ、自来也様に綱手様に大蛇丸、だろ?」

「この本の著者がその中の1人なのよ。」

「えっ、大蛇丸なのかっ!?」

いや、そんなわけないから、あの人里抜けてるから。っていうかこんな内容の本をあの爬虫類のような目の男が書いていて俺がずっと所持していたと思うと怖気が走るんですけど...。

「違うよ、四代目の上忍師が自来也様でね、たぶんのその繋がりで四代目が持ってたんじゃないかな。」

「え、それカカシが自分で買ったんじゃないの?」

失礼なっ!俺はこれでも優良児童だったのよ?酒も煙草もしなかったし。

「なんで俺が買うのよ。これは四代目の形見分けでもらったの!」

「なんで形見分けに18禁のいかがわしい本をもらってくるんだよ。まあ、思い出深い品だって言うなら仕方ないけど。」

ぶつぶつ言うイルカの目は不審だと物語っていた。これは俺の沽券に関わるゆゆしき事態ですよ先生、なんてことしてくれるんですか。
うーん、まあ、確かに思い出深い品に18禁の青少年有害図書を一番に持ってくる俺はどうかと思うけど、他の物っつったらお菓子とか子どもたちからもらったであろう手紙とか折り紙とか里から貰った勲章だとか、そういうのはちょっと形見分けでもらうようなもんじゃないよね。俺がもらうべきものでもないし。

「四代目がさ、イルカと仲良くするためにって言うんで俺にこれを差し出してきたことがあったんだよ。俺はまだ未成年だったから一度いらないって言ったんだけどね。でもあの人英雄になっちゃって、どうせ俺にくれるもんだったんなら仕方ないから貰ってやろうと思って。俺っていい部下でしょ?」

俺はへらへらと笑って言った。イルカはなにやらどう言っていいのか困ったような顔をしている。普通に聞けば師弟愛という涙ぐましい麗しい話しに聞こえるが、実質その物は18禁のいかがわしい本だと思えば諸手をあげて微笑ましいとも言えないのだろう。こういう嘘の付けない性格も俺の好きな部分なんだよなあ。
俺は困った様子のイルカの横顔を見ながら不謹慎にも笑ってしまった。

「なっ、なんだよっ。今日は揚げ茄子の煮浸しにしてやろうと思ったのに、作ってやんねえぞっ。」

笑われてむっとしたイルカが歩調を早くした。

「あ、ひっどーい。イルカが作ってくんなきゃ俺は誰に飯をたかればいいのよ。」

俺がひどいひどーい、と文句を言うと、

「ならちゃっちゃと帰るぞっ、荷物持てっ。」

イルカはそう言って俺に本を差し出した。本って結構重いよね。写真なんかの多い本だったら余計に。でも俺はお荷物持ちいたしまーす、とイルカの本を片手でひょいひょい抱えた。イルカはそんな俺の苦でもない様子にふて腐れていたが諦めたのか、苦笑いして歩き出したのだった。
この上もない、日常の幸せってのは、こういう時のことを言うんだろうなあ、なんてらしくもなく思ってしまった。